南京中医薬大学・項平学長の講演

 薬膳は,豊かな自然を源とする中医学の中にあって,最も重要な部分を占めている。古くは『後漢書』列女伝の中に「母親調薬膳恩情篤密」(母親は篤く密なる恩情をもって薬膳を調う)とある。数千年の時を経て,「食就是薬」「薬就是食」という食文化思想は,すでに当たり前のこととして日常生活の中に深く根を下ろしている。しかし,そのことがかえって,薬膳を1つの独立した学問として研究対象とすることを妨げる要因になってきた。一方,中医薬は人々の健康維持や病気治療に不可欠の医療手段として重視され,十分な研究のもとに発展を続けている。薬と食,医と食が分離し,「重医軽食」の傾向が進んだことが薬膳の発展を阻んできたといえる。
 しかし,物が豊かになって生活水準が高まるにつれて,生活習慣病の心臓病・高血圧・糖尿病や癌などの発病率が年々増加している。これらの病気には飲食の習慣が深く関わっていることもわかってきた。また,最近では西洋薬の副作用も問題になってきたため,人々は漢方薬や伝統医学,予防医学に注目するようになってきた。「飲」と「食」に対しても再認識し,薬膳がかつてないほど重視され始めた。貧しかった時のように,満腹することで幸福感を得るのではなく,少々空腹感は感じても健康長寿を得たいというふうに人々の気持ちのあり方も変わってきた。この機運を受けて,薬膳を商品化・国際化するための動きも生まれた。国家中医薬管理局の管理のもとに中国薬膳研究会が作られ,中医薬学会の中にも薬膳専門委員会が設立された。他の多くの省でも各種の薬膳専門委員会が設立され,それに伴ってさまざまな学術活動が毎年行われるようになった。国際交流面では,日本と中国の間ですでに何回か薬膳の国際討論会が開かれている。
 このように,保健医療の領域の中で薬膳は大きく発展する局面を迎えている。しかし,基本となる教育が整備されていないことや統一教材の不足などによって,誤った指導がされているのが現状である。これに対して,中国の十数カ所の中医薬大学の教授たちは薬膳を深く研究し,教育を充実させることが急務であると感じ,統一教材編集委員会を結成した。年末には『中医薬膳学』が出版される予定である。この教材は薬膳学を1つの独立した学科として発展させ,「医食同源」「薬食同源」を基本とする中医学をより充実させていく役割を果たす。
 このような動きを受けて,「2002第1回国際東方食療薬膳学術討論会」が8月2日〜6日,香港中文大学で開かれた。これは香港中国医薬学会・中国全国高等中医薬院校統一教材『中医薬膳学』編集委員会・香港中文大学の共催として行われた。
 参加者は,南京中医薬大学・上海中医薬大学・湖南中医学院・広州中医薬大学・広西中医学院・香港中文大学・香港大学・台湾自然療法学会・南カリフォルニア大学・ハーバード大学などの大学や研究所,病院などからの約200名。40篇以上の論文が発表され,活発な討論と交流が行われた。
 大会主席の南京中医薬大学・項平学長は講演「中医食療薬膳的応用及発展前景」の中で「南京中医薬大学は今後5年以内に中医薬を主体とした薬膳院・医学院・経貿管理学院・文理学院などを含む総合大学となり,中医学と薬膳学の研究・発展のため,中国各地や外国とのつながりを強化する」と述べた。また上海中医薬大学薬膳研究室主任・陳徳興教授らはテレビ番組を通じて薬膳学会を発足させ,この学会を薬膳の宣伝普及につなげているという。
 『中医薬膳学』の主編者である湖南中医学院・譚興貴教授は,この本の出版が中医薬膳学のさらなる進展を促すと話した。香港中文大学中医中薬研究所副主席・馮国培教授も今回の大会を通じて国内外の学者の学術交流が強まることを期待していると述べた。
 日本からも本草薬膳学院学院長・辰巳洋を団長として13名が参加し,5篇の論文を発表した。大会副主席の本草薬膳学院・鷲見美智子理事長は「日本人の飲食生活と薬膳」という報告を通じて日本の飲食文化とその歴史を紹介した。
 この大会をもって,食療の普及・薬膳の迅速な発展のための「国際東方食療薬膳学会」が譚興貴教授を初代会長に正式発足した。同時に日本分会も発足し,会長には鷲見美智子氏が就任した。
 最後に,大会秘書長の香港中国医薬学会・陳抗生会長が,人類の健康・長寿のために国際舞台で活躍する参加者たちの,食養・食療・薬膳事業に対する貢献に感謝の意を述べ,閉幕した。
(報告・辰巳洋 訳・辰巳亮)

前列左から香港中国医薬学会陳抗生会長・南京中医薬大学項平学長・香港中文大学中医中薬研究所馮国培教授・ハーバード大学胡秀英教授・九竜総商会黄熾雄副理事長・本草薬膳学院鷲見美智子理事長,後列左は湖南中医学院譚興貴教授。上海中医薬大学・南京中医薬大学・上海薬膳学会の教授たち,日本からの参加者たちとともに。