先生のメッセージ


『同級生』

  第59回の日本東洋医学会学術総会は、2008年6月6日〜8日に仙台で開かれました。
  同じ日に別会場で食生活と関わる催しと、東北大学植物園見学がありました。さらに知っている医師の名前も載っていましたので、参加することにしました。
  真夏のような仙台、緑の樹が木蔭をつくって、空気も東京より澄んでいました。会場になっている国際センターに入った瞬間、熱気が向こうから飛びかかってきました。何人かの知り合いの医師と挨拶してからゆっくり大会の案内を読みました。2時からの特別講演者は世界衛生組織(WHO)からの方で名前は英語で書いてあります。読んでみたら中国語のローマ字でした。Xiaorui Zhang、大学の同級生の名前が頭の芯から跳び出てきました。
  37年前のことになります。1967年から文化大革命の影響で中国の大学は閉鎖されました。1970年から続々大学は再開しましたが。入学条件として医科大学の学生は2年以上医療関係の実務についた人ということで、その中から選抜された優秀な若者たちでした。同級生の中に医師・赤脚医師(農村の医師)・薬剤師・看護婦・総婦長など専門職の学生が多くて年齢の差もありました。大きいです。2年生の時の手術の見学授業の時に、突然手術室の看護婦さんが倒れて手術が中止になった時、内モンゴルから来ていた同級生(もと手術室の看護婦長)がすぐ交代してその手術が再開されました。それがZhangさんで、頭がよくて明るくて人気者でした。卒業後、時々互いに連絡がありましたが、1989年私が来日してから連絡も途絶えてしまいました。ときには友人から同級生たちの情報が耳に入りました。Zhangさんがどんどん出世して、北京中医学院の副校長、国家中医薬管理局外事司司長、1992年WHOの伝統医学処処長に就任しジュネーブへ行きました。WHOの193個成員国の伝統医学分野の最高責任者です。
  数えてみたらもう22年逢っていないのです。顔にも22年間の風風雨雨が書かれていますから、互いに分かるかとちょっと心配しましたが、会場の来賓室に休んでいるZhangさんを見てすぐ分かりました。互いに名前を呼んで笑顔が広がりました。私は予定を変更して、二人で一緒に食事をし、買い物に行き、何十年の話はなかなか終りませんでした。Zhangさんは月曜日に仕事があるため、日曜日一緒に東京へ来ました。月曜日の夜、大雨と雷の中、東京にいる同級生4人がZhangさんと再会しました。みんな大学時代に戻り、先生方や・友人たちの話、結婚・仕事いろいろな話が飛び交って楽しい時間を過ごしました。 
  子供時代はいつも人生が長くて、誕生日を喜んで早く大人になりたいと思っていましたが、現在の年齢になると人生が短く感じられます。今更ながら実感したことは友人が宝、同級生が宝、人間は友情が宝ということです。